さくぶん

ひとりごとです。

いきるためのテレビを観て 1 

録画した「ハートネットTV」を観ました。

生きづらさを抱えた人たちの生の声。

発達障害 うつ病 LGBTなどにより、

周りから理解されない、いじめや嫌がらせ、私は迷惑な存在、消えたほうがいい、「死にたい」...

いつもこんな気持ちを抱えながら生きるって、本当につらい事だと思います。

私は、幸い、「死にたい」と思った事がありません。

中学生くらいの時、「いつ死んでもいいや」と思った事はあります。

でも歳をとるほど、欲が出るのか!?「今は死ねない」の連続です。

2年前に97歳で亡くなった養母と同居していた時は、「この人より先に死ねない」そんなの無念すぎると思っていました。

夫を残して死ねない。「あれはどこにある?」「これはどうするんだっけ?」私がいないと困るでしょ。

今、娘ちゃんを残して死ねない。せっかく家族になれたのに、夫ひとりで子育てできるかしら、養護施設に入る事になるのかな...

今、死んでしまうことは悔しい事、そして自分は必要とされていると思う。

しかし、これは自分の単なる思い込みかも知れません。大抵の事は、私なんかがいなくてもどうにでもなります。

家族は悲しんでくれると思いますが、時間が解決してくれます。娘ちゃんだってまだ4歳、記憶に残るかどうかってところです。

そう思ってしまったら生きる張り合いがないじゃない、と書こうと思っていましたが、いま気づきました。

どうにかなるでしょ、くらいの気持ちでいないと気楽に生きられない、私にはこういう図太いところがあると気づきました。

20代の頃、職場の先輩男性(50代の方)から「あなたは図太いところがある」と言われた事があります。褒め言葉だと言っていましたが、失礼な...と思っていました。

20年近く経ってから、その意味が分かるなんて。たぶんその方は覚えていないでしょうね。

 

今、自分はネガティブだなと感じる時、

子どもの頃からの、自分の失敗、恥ずかしい事、悪い事をやってしまった事、恋愛がうまくいかないこと、勉強が分からなくなった事、入試に落ちた事、大人になってからの、仕事のミス、手際よく出来ない、覚えられない、場違いな発言、などなど..............

頭の中をぐるぐると駆け巡ります。

自分はなんて恥ずかしい存在なんだって、ひたすら落ち込むのですが、たぶん、それで一晩寝るとすっきりしているのかもしれません。

約40年間、その繰り返しでここまでやってきたのだと思います。

 

去年、6ヶ月だけ勤めた職場では、過去最高に自分がまいっていました。

小規模の所だった為、苦手な人を避けられないというのが一番の原因でした。

とにかく、その先輩の思う通りに動けないとだめ、 自分で判断した事は否定される、だんだん自信がなくなり、やる事なす事だめに思える...

全体の雰囲気も、笑顔で挨拶とか、一般的なお喋りとか、そんな感じではなくギスギス。

責任者からは、「今日はスタッフばかり多くて採算合わないや」と嫌みを言われ...

だったら雇うなよ!と言いたいけど、言えなかった。

夜、寝つきはいいのですが、1時2時3時と1時間おきに覚醒し浅眠状態が続く。

朝は、溜め息ばかりで、娘ちゃんには早く準備してよと怒鳴りまくり。

たまたま、今の職場の先輩(というか、以前勤めていた職場です)から、戻ってこない?とお声をかけて頂き、辞める決心がつきました。

幸運の女神が微笑んでくれたのですね。

それでも、少しは迷いました。たった半年で辞めるなんて無責任過ぎるかな、通勤が遠くなるけど大丈夫かな...

でも、どちらにしても所詮はパートの身分、気楽に考えましょうということで決めました。

その辺が、私の図太いところ、精神的に病まない理由なのでしょうか。

昔から、何かを決める時、ユルイほうを選んできたような気がします。

なんだかまとまらず、長くなってしまったので、次回に続きます。。。